モンパルナス (Montparnasse) はパリのセーヌ川左岸14区にある地区。モンパルナス大通りとラスパイユ大通りの交差点を中心とした一帯である。フランス国鉄や地下鉄のモンパルナス駅のある交通の要所となっており、ビジネスと商業の拠点としてオフィスビル、映画館、ショッピングセンターなどが集中する。商店やスーパーマーケット、レストランは、庶民的なものから高級なものまで何でも揃っている。また、1920年代の狂乱の時代、エコール・ド・パリの時代の芸術家たちの中心地としても有名である。
モンパルナスの名はギリシア神話にあるパルナッソス山(文芸の女神たち、ミューズの9柱の姉妹が住み遊んだとされる山)から来たあだ名である。17世紀ごろ、丘の多いパリ南郊のこの地に学生たちが集まり、詩の朗読会をするなど遊び場としていたことから、「パルナッソス山」とあだ名されるようになった。ただし丘は18世紀、モンパルナス大通りの建設のために削られて平らになってしまっている。フランス革命の頃には多くのキャバレーやダンスホールが並ぶ歓楽地となっていた。
セーヌ川の反対側の地区・モンマルトルと同様、モンパルナスは20世紀前半、世界の芸術家の集う地として有名になった。特に第一次世界大戦後の開放感と好景気で浮かれた狂乱の時代(Annees Folles)といわれる1920年代、モンパルナスはパリの知識人・芸術家の生活の中心となっている。1910年ごろから、パリの芸術家のサークルは、印象派など前の世代の芸術家たちの揺籃の地であったが観光地や高級住宅街となってしまったモンマルトルから、次第に家賃の安いモンパルナスに移動した。
意志が強く頑固で論争を厭わない、モンマルトルに住むピカソら移民の芸術家たちは、19世紀末に活躍したパリっ子のエミール・ゾラ、エドゥアール・マネ、エドガー・ドガ、ガブリエル・フォーレたちや、ダンディさを洗練させることに浸って実際の芸術的傾向よりも地位から来る親和性によって集まるフランス人の芸術家集団とは、経済的にも社会的にも政治的にも対極にあった。こうした移民芸術家たちが1910年代以降、モンマルトルを去りモンパルナスへと移る。
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